2005年を振り返る
どこの日記を見ても同じことをやっていて顰蹙だけど、1年のまとめ。
1月 CPU実験とともに年明け。ひたすらコンパイラの最適化。この月はおもしろいように最適化が進んだ頃だった。プロトタイプアーキテクチャ"Firexhl"から本番アーキテクチャ"FX25636"への以降作業も行った。
2月 CPU実験しながら試験・Mac mini購入。しかしこの後Mac miniは研究室の片隅のインテリアと化すのであった…。
3月 CPU実験で優勝。
4月 ISerで四国旅行。買わないだろうとか言っておきながらX40を購入。この軽さに慣れるともうX2xやX3xには戻れない。
5月 演習3でLilyVMをいじる。この辺からC言語onlyのUNIXシステムプログラミングの世界へ…
6月 演習3でLinux kernelをいじる。この辺からC言語onlyのOSカーネルプログラミングの世界へ…。嗚呼、オブジェクト指向プログラミングとC++とOCamlをこよなく愛した若者は何処へ行ってしまったのか。だんだん院試が鬱でたまらなくなる。研究室の第1志望を割とはっきり意識するようになる。PHS端末を京ぽんに変更。
7月 暗黒面。結局映画館では2回しか見ることができず残念。演習3と夏学期の課題レポートに追われる日々。選択単位が揃わない気がして焦る。院試とレポートの板挟みにあい、結局院試の勉強は全くせず。
8月 あわてて院試の勉強を始める。試験前は正直50%くらいの確率で堕ちる気がしてしょうがなかったが、奇跡的に合格していた。
9月 前半、離散数学不合格事件控訴審の結審(またの名を期末試験)に備えて勉強。おかげで優の判決が出た。が、成績表に去年の不可も並んで残ってるのはなぜ?後半、9月締め切りのレポートで徹夜を繰り返す。この頃出したレポートは専門外のこともあってものすごくひどい出来であった。成績出てないのが1つあるけど大丈夫かねぇ…?
10月 研究室配属、憧れの地上生活のスタート。ロッテの31年ぶり優勝に酔いしれる。
11月 研究室で出展したSuperComputingの国際会議、SC|05に連れて行って貰う。15年ぶり3回目のアメリカはやはり新鮮だった。英語が全然しゃべれない。言葉が出てこない。でも聞き取る力に関しては衰えていない気がした。ゲイツを見ようと頑張るも超混雑。遠目に見た。ところで、かつては「アメリカ産牛肉が輸入再開されても絶対食べるもんか!」と思っていたが、よく考えると現地で肉骨粉まみれのBEEFをたらふく食ってきたので、もはや怖い物はなくなった。もうこうなったら安くてうまけりゃなんでも食べるぜ!
12月 卒論のテーマが右45度ほど変更になって終わらない感が募る。卒論abstractを提出。もう後に引けなくなった。
IS関連の事柄しか書いてないのは仕様です。IS以外で大したことはやってないしね。さて、今年1年を振り返ると、まあまあ真面目にやってきたのではないだろうかという気がする。今年はコンパイラ(特に最適化フェーズ)、VM、OSなどについての理解が深まった。思い返すと、中学生~高校初期の頃はOSに強い興味を持っており、高校後期~教養時代あたりは人工知能・プログラミングパラダイム・セキュリティなんかに興味を持っていた。研究室選択によって、再びOS/ミドルウェア系の方面に集中することがほぼ確定したわけだが、なかなかよい選択であったと今のところ思っている。
さて、目下当面の目標は無事に卒論を書き上げ、卒業単位を無事に集めて来年3月に卒業することである。院試をもう一度、はぜひとも辞退したいところだ。

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